「楽しいことをやる」シンプルさを貫く|のりぴーさん

中学生の頃に舞台美術に興味を持って以来、着実に創作の道を進まれてきたのりぴーさん。
これまでの経緯や創作の源についてお伺いしました。

目次

美大卒業後から日本の舞台美術の世界へ

HIYAMA

現在は舞台美術、ディスプレイのお仕事をされていますが、
まず舞台美術を始められた経緯はどのようなものでしたか?

のりぴー

ロンドンの美大を卒業後は、日本に帰って舞台美術の仕事をすると決めていたので、事前に東京の劇団をネットで探し、某劇団を見つけました。
 
そちらでは、視覚障害者の方も出演されていました。美大時代に舞台模型を作り慣れていて、「模型があれば、触れることで舞台上が把握できて、お芝居の理解がしやすくなるのでは」と提案しました。「学んでいる身なので、無償でいいです」とも伝え、機会を頂けることに。大学在学中にも日本に帰る機会はあったので、タイミングが合う時には公演に参加させていただきました。

HIYAMA

はじめて舞台美術に関わった経験から得た一番の学びは何でしたか?

のりぴー

はじめての公演の時、自分は二十歳でした。
日本の学生は、学生時代からアルバイトをして社会経験がある子も多いですが、自分はそういう環境ではなかったので、自分よりも遥かに年上の大人に混ざって何かをやる、ということ自体が、新鮮で。一丁前に作品に貢献できているゾ、という興奮で胸がいっぱいでした。
まあ、今思えば、完全に調子に乗っていましたし、大人たちがこっそりサポートしてくれたからこそ、のびのびとやれたんだな、と思います。

いつの間にかプロに”なっていた”

HIYAMA

舞台美術のお仕事は、結構募集があるものなのですか?

のりぴー

募集しているところ、していないところ構わず、感性が合いそうなところにコンタクトしていました。当時はまだ無償で仕事を受けていたので、「やる気があるならどうぞ」と入れてもらえることが多かったです。3、4団体くらい、いろんなテイストの仕事をさせてもらいました。
 
公演準備中、本番期間中と毎日現場でちょこちょこ動いていたのですが、とある現場で舞台監督の方に「本番入っても毎日現場に来ているけど、いくら(ギャラ)もらっているの?」と聞かれて。(無償、交通費もなし)と伝えると、「君は十分にお金をもらっていいレベルだから、ちゃんと請求した方がいい」と仰ってくださって。
 
「私はいつの間にか、プロになっていたんだ」と気付きました。

HIYAMA

どこかのタイミングでギャラをもらおうとは思っていたのですか?

のりぴー

「いずれは」とは思っていましたが、「まだかな」と思っていたし、
この先も舞台美術の仕事をしてけるのかな…とも思っていました。

舞台美術を続けることへの迷い

HIYAMA

舞台美術に向ける熱量が冷めそうとか、仕事として継続することの難しさでしょうか?

のりぴー

そうですね、感じましたね。日本の裏方さんって、高校、大学でもずっと演劇をしていて、何でもできる方が多くって。
美大時代は、クリエイティビティを爆発させろ!で、コスト感は度外視。どんな素材を使って、どのくらいの予算内で仕上げるかは学んでこなかったんです。日本の現場では、「これはべニア?合板?何センチ?誰がいつどこで作るの?」といった具体的な会話で。ふわっとしている私では通用しないなって思いました。

HIYAMA

自分が作りたいものを、周囲とうまく共有できないということでしょうか?

のりぴー

魅力的な舞台模型は作れても、実際何でどう作るかまでは分からなかった。たぶん使いづらい人材だっただろうなと思います。それもあって、お金をいただくのは無理だなって。
でも、小道具だったら自分一人で作れるので、続けていました。劇団員でもなく、尚且つ無償でというのは、プロからすると異質に見えたかもしれません。

綿密な設計図から作られたロボット人形
HIYAMA

活動のモチベーションとしては、自分が想像したものをカタチにしたいというのが大きかったのですか?

のりぴー

そうですね、これでみんなが喜んでくれれば!って感じで。
他のアルバイトをしながら続けていましたが、ちょっと舞台美術を諦めがちだし、一度転向しかけたウィンドウディスプレイもやってみたいなぁと思って。 
私の師匠は、元々ウィンドウディスプレイの施工をされていたので、「ウィンドウディスプレイの仕事がしたいです」と伝えたところ、「それより会社員をとりあえずやってみた方がいい」「3年ぐらいやったら、会社というものがわかってくると思うから」とアドバイスをくださって。それで、インテリア関連の会社に就職しました。

HIYAMA

社会性を身に付けてきなさいってことですかね?

のりぴー

そうですね。イギリス帰りのお嬢様が、ふわふわとバイトをしながら舞台美術に関わっていたので、このままだとヤバイなって思ったんでしょうね。

社会性を身につけるために

HIYAMA

インテリア関連の会社はどのように見つけられたんですか?

のりぴー

今後どうしよう?となっていた時期に、習い事の体験教室にひたすら行っていました。絵画、楽器、宝石鑑定師とか。

HIYAMA

それは気分転換として?それとも次の何かを見つけようと?

のりぴー

後者ですね。自分が世の中のことを知らなすぎるなっていうのもあって。週2、3ぐらいの頻度で行っていましたね。
 
その中で、フードコーディネイターの体験に行った時。コース内容の一つに「料理を撮影する時のスタイリングを学ぶ」みたいなのがあって。授業の写真などを見たら「撮影って面白そうかも!」と思って。【撮影 アルバイト】【撮影 インテリア】などで検索しました。

HIYAMA

かなりピンポイントで探されたのですね。

のりぴー

そうですね。 入社した会社は、当時インテリアに参入したばかりで、カメラアシスタント兼小物を調達する人募集ぐらいの感じだったと思います。

HIYAMA

入社後はどのような働きかけをされたのでしょうか?

のりぴー

「床はこうしてみよう!」「壁はもっとこうしよう!」と、色々と試し始めました。モダンやナチュラルといった、”テイスト”を取り入れていきました。

HIYAMA

提案や意見はどんどん言っていくタイプですか?

のりぴー

というよりも、誰もプレーヤーがいないところを見つけて、入り込んでいくのが上手いのかもしれません。

HIYAMA

様々な施策の効果は感じられましたか?

のりぴー

そうですね。実際に使っているイメージが見えることで、お客様が選びやすくなったのかもしれません。

HIYAMA

最も面白さや遣り甲斐を感じたのは、どんな部分でしたか?

のりぴー

お客様が実際に購入したあとの暮らしを想像して、写真でそのストーリーを形にしてく作業は、楽しかったです。小物の本を一つ配置するだけでも、無造作に置く、几帳面に何冊か揃えて置く、開いた本のページにメガネが置いてある…など、人物像を表現することができます。

ディスプレイ関連の仕事との出会い

HIYAMA

インテリアの会社の次はどうされたのですか?

のりぴー

気持ちの整理みたいな感じで「今すぐ転職したいわけではないけど、今の仕事で出来ることはやり切れたかなと思っています」といった内容の手紙を師匠宛に送りました。すると、師匠が紹介可能なディスプレイの会社を教えてくださって。中でも師匠が付き合いが長く、社長の人柄も知っている会社に転職することになりました。
その後は、現在までずっとディスプレイの仕事をしながら、舞台美術の活動も続けています。

「空間」に魅了されて舞台美術の道へ

HIYAMA

舞台美術、ディスプレイと、対象そのものよりも、それを魅せるための空間を作ってこられている印象があります。「空間」に興味を持たれたキッカケはあったのでしょうか?

のりぴー

小学校6年生くらいの時に、ロシアに行きまして。ロシアの有名なバレエ団「ボリジョイバレエ」を鑑賞した時に、舞台の幕や背景を見ていて興味を持ちました。 その後、中学2年生の時に、ニューヨークに行った時にミュージカル「キャッツ」を見て。舞台セットがすごくって、ドーッン!と衝撃が。「こういうのをやりたい!」ってなりました。

HIYAMA

衣装ではなく、美術の方に惹かれたのですね。

のりぴー

衣装も素敵だなとは思いましたが、作りたいとは思わなかったですね。自分が作った空間にいろんな人が行ったり来たりして、楽しんでいるっていうのが好き。演技を後押しするというか。

暇さえあれば何か作っていた

HIYAMA

小道具などを作るスキルは、いつ頃身につけられたのですか?

のりぴー

中学2年生ぐらいから、暇さえあれば何か作っていましたね。平面の絵にはあまり興味が無くて、絵と立体の間みたいな、オブジェを作っていました。

のりぴー

美大を受験する時は作品を持っていかないといけなくて。私は全部が立体物。試験会場に並べて、「さぁ、どれを見ますかー!」と展開しました。試験官は「この子どうしよう・・・」みたいな空気になりつつ「この場が火事になって、一個だけしか作品を持ち出せないとしたら、どれを持っていく?」と聞かれて。「何も持っていきません。私自身が生き残ればいくらでも作品は生み出せるんで!」と伝えたら、その場で合格になりました(笑)

HIYAMA

それは狙っての返答ですか?(笑)

のりぴー

全然。本気でそう思っていました。「え?私がいればいいじゃん」って。そう思えるくらい、たくさん作ってきたので。

美大の試験官を戸惑わせた面接
HIYAMA

すごい。現在も何か突飛な発注が来ても、「どうにかできる」という自信に繋がっていますか?

のりぴー

100均で売っているようなものなど、自分がカジュアルに扱える素材ならば、いくらでも。 親しみのある材質、材料については自信があります。

親しみのある素材から生み出される料理や野菜たち

「決断する」ためにすること

HIYAMA

取り組まれてきたことや方向性に一貫性を感じるのですが、ご自身で何か意識されてきたことはありますか?決断する時とか。

のりぴー

決断する時には、「人に言う」。「言っちゃった」となると、「もうやるしかないや」ってなる。

“お嬢なわたし、さようなら”

HIYAMA

潔い!現在の性格、考え方などは元からでしょうか?

のりぴー

美大に入った時、自分が「やべぇお嬢様だ」と気付いてからですね。
中高とイギリスの寮付きの学校に通っていたのですが、少し浮世離れしているところがありました。大学に入学するまで、自分の意思で何かを考えたことってなくて。舞台美術をやりたいというのは、自分で選んだことですけど。
 
美大の子たちは、めちゃめちゃアンテナの張り方がすごく、カルチャーにとても詳しかった。当時日本では「はねるのトびら」が流行っていて、日本人留学生の会話の中にそのネタやノリが入ってくるんです。「え?なに?誰?声が何で変わったの?」と。流行っているカルチャーを共有して、会話にそれが盛り込んでいくというのが、初めて。
 
みんなが何をやっているのかが全然分からなかったし、たまに話題を振られて私がしゃべり出すと、「え!オチは!?」「ヤマとオチどこにあった!?」って。

HIYAMA

これまでに経験のないコミュニケーションだったと?

のりぴー

そうそう。「なんか悔しいけど、この人たちの中に入りたい」と思って、「はねるのトびら」のDVDを貸してもらって、それ見て日々研究しました。

HIYAMA

現在は浮世離れしているわけでもなく、地に足を付けて生活できているのは何故でしょうか?

のりぴー

「そうなろう」と思ったからです。「なりたい」と思ったし。

HIYAMA

「なりたい」と思った。

のりぴー

日本人留学生たちがとても楽しそうだったんですよね。そもそも会話で大笑いするとか、盛り上がるってことがそれまでは無かった。

HIYAMA

「会話」が楽しむためのツールではなかったと。

のりぴー

そうです。留学生との出会いで開眼して、「お嬢なわたし、さようなら」って感じ。

小心者だけどメンタルは強いのが武器

HIYAMA

複数の国での生活を経験されてきて、環境の変化に適応する精神力の高さを感じます。ご自身では、メンタルの強さは感じられていますか?

のりぴー

小心者なんですけど、メンタルは強いですね。武器の一つかもです。

HIYAMA

どんな時に小心者な自分が出てくるのですか?

のりぴー

日常のありとあらゆる場面です。例えば「この切符で改札を通れるかな」とか。仕事の打ち合わせの時も緊張する。なので、これとこれとこれを準備しておきましょう!って、すごい準備します。

HIYAMA

想定できることは、事前に全部やっておくという感じでしょうか?

のりぴー

そうです。はたから見ると「段取りがいい」と褒めていただくことはありますが、そうじゃなくて。自分を安心させるためなんです。

HIYAMA

いつも準備をして仕上がっているのりぴーさんに会うから、周囲から見たら緊張しているようには見えなさそうですね。

徹底的に準備し尽くすほどの小心者

のりぴー

そうだと思います。ディスプレイの学校で、発表をする機会があったんです。
 
緊張しないために、台本を作る/声に出して読む/立って声に出して読む/ぬいぐるみを自分の目線の高さに並べて、それに向かってプレゼンする

「~しようと考えました」「~だと思いました」とかが出てこないと焦っちゃうので、語尾まで全部暗記しました。(ここで原稿から視線を上げる)とか、フリも全部決める。そういうのを全部練習して準備するぐらい小心者です。

HIYAMA

そこまで用意して、ようやく人前に立てると。

目を充血させながら真夜中まで続いた発表の練習
のりぴー

そこまでやっていると自信もついているから、超神がかっている(笑)

HIYAMA

行き当たりばったりではなく、相当作り込んでいるってことですものね。

のりぴー

シミュレーションの量が違いますから。

HIYAMA

小心者であることが、仕事でもすごく役立っていそうですよね。根の真面目さもありますか?

のりぴー

仕事には役立っていますね!
うーん、根は能天気ですよ(笑)

活動していく上で大切にしていること

HIYAMA

活動のコアというか、大切にされていることはありますか?

のりぴー

「楽しいことをやる」です。人間関係とかも含め、QOLが下がりそうなことはしない。
選べない時は、環境を変える。 自分が楽しくないなぁと感じたら、もうそこには居なくていいかなって思います。
仕事を楽しんでいなくて、楽しんでいないからこそパフォーマンスを発揮できていない人をたくさん見てきたから。そういう人材ではありたくないなって。誰にとってもいいことがないですし。

“輪を楽しくする”ことが好き

HIYAMA

活動や生きていく中でのモチベーションって何でしょうか?

のりぴー

 死んだ時に、「なんかあの人がいると、ちょっと面白いものが作れたよね」みたいな人でありたいですね。 
私が中心で作る必要はないけど、一緒にやって「なんかいい感じのものが出来たよね、楽しかったよね」言ってもらえるようにしたいなって。

HIYAMA

楽しそうな輪の中に入って、自分なりの役割を担うのが心地良いと?

のりぴー

輪を楽しくする。自分が輪を提供する感じではなく、すでにある輪を楽しくする。

ささやかな囚われに気付く瞬間

HIYAMA

創作のためのインプットはどんなことをされていますか?活動の原動力となる趣味などでも。

のりぴー

いろんな街の銭湯にいくことが趣味です。銭湯によって様々な趣向が施されていて面白い。あと、お風呂では、みんな、裸です。普段どんな服を着て、どんな髪型なのかも、裸だとわからないし、関係がない。そういう空間に身を置くと、普段いかに自分が些細なことに囚われているのかに、気づきます。もっと自由でいいんだ!と気持ちが大きくなって、身も心もさっぱりします(笑)

今後してみたいこと

HIYAMA

今後したいこと、興味があることはありますか?

のりぴー

「人形劇」
人形を作ったり、空間も作ったり。

HIYAMA

現在、舞台美術に携わっているのが関係していますか?

のりぴー

小道具で人形は作ったことはあるんですけど、がっつりと人形劇を作ったことがないんです。なんか惹かれるものがあります。

人形の製作風景
HIYAMA

本日はたっぷりとお話を聞かせていただき、ありがとうございました!

のりぴー

ありがとうございました!

インタビュー後記

TAWAWANAのインタビュー第一回目を担ってくださったのりぴーさん。

無限に話を広げていけそうなくらい人生のハイライト祭りで、拙い聞き役が興味の赴くままに進行しそうなところを、随所で軌道修正していただいた気がします(汗)ありがとうございました。そして・・・精進いたします!

すべてのエピソードで印象に残るフレーズがありました。決断する時には、「人に言う」とか「楽しいことをやる」など、大事な部分がとてもシンプル。そのシンプルさこそ、一貫して好きなことに関わり続けられる力のように感じました。

のりぴーさんプロフィール

親御さんの仕事の関係で、海外で長く過ごした経験を持つ。
売り場の装飾やディスプレイをデザインする仕事に従事する傍ら、舞台美術の活動もしている。

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